失われた句意を求めて
三橋敏雄アルバムより(リンク引用)
ミステリにときおり登場する安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)。
現場に赴くことなく、与えられた情報のみで事件を解決するあれだ。
安楽椅子探偵という用語は、実際には旅行には出かけず、ガイドブックを読んだり、時刻表を眺めたりして旅の気分を味わうarmchair travelerという語から派生したという話もある。
前にこんなツイートを見かけて、出来心で謎解き遊びをしたことがある。とりあえずネットで調べられる情報をもとに、ちょっとした推理をしてみた。
花火の夜椅子折りたたみゐし男/三橋敏雄『青の中』
— りんてん舎──詩、短歌、俳句の古本屋 (@rintensha) November 10, 2021
この句は池田澄子のエッセイで知って以来(彼女は60代以降の三橋敏雄に私淑のち師事していた)、自分にとってなにかが起きているのにそれが何であるのか他人に指差すことができない句としてずっと頭中にある。
まず、句そのものを検索してみると、この句は三橋敏雄が『風』三号(昭和12年8月)に寄せた「ある遺作展」という連作の一部だということがわかった。
大井恒行の日日彼是「真の芸術はやがて真の自由主義に胚胎する」・・・3(2015年1月27日火曜日)より以下に孫引きしてみる。
***ここから***
ある遺作展 三橋敏雄
遺作展階を三階にのぼりつめ
遺作展南なる窓ひとつ閉づ
帽黒き人と見たりし遺作展
遺作展階下ましろく驟雨去る
動物園
園茂り午後のジラフの瞳を感ず
人間や河馬の檻には立ち笑へり
ふきあげの見えゐる象の後足なり
〇
招魂祭とほく来りし貌とあり
花火の夜椅子折りたたみゐし男
指先の風にとまりし悍馬なり
回転ドアめぐればひとがひかりゆき
***ここまで***
敏雄は当時17歳。まだ若いし、同人になってからまもないということで、つくりたての自信作を出したのではないかと見当をつける。
そこで、昭和12年に開催された遺作展を検索してみると、古書目録の目次に「満谷国四郎遺作展・佐伯祐三遺作展」という項目が見つかった。
佐伯祐三遺作展が開催されたの昭和12年3月13日〜21日まで。開催場所は上野の東京府美術館(現在の東京都美術館)。だとしたら「動物園」が含まれているのも自然だ。「風」創刊号が出版されたのは同年5月。時期的にもぴったりと重なる。
画家・佐伯祐三は昭和3年にフランスで客死。8月16日が忌日なので「花火」は季語的には少しだけずれているけれど、椅子を折り畳む、花火という句の要素から連想させるのはやはり画家の死ではないだろうか?ちなみに佐伯祐三の作品には椅子が目立つ(『郵便配達夫』『テラスの広告』など)。
三橋敏雄の真意を知ることはできないが、「花火の夜椅子折りたたみゐし男」という句は、佐伯祐三へのオマージュなのかもしれない。
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